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直視でみえた私
「それ、盆踊り?」 あの一言、ちょっとショックだったけどみんなで大笑い。 そりゃ本格的にダンスを習ってる彼女たちからしたら、 私の気まぐれな体の動きは「ダンス」じゃなかったんだと思う(笑) でもですね、まったくイヤな気持ちじゃなかったんです。 むしろそのあと、じわじわ思いました。 「あ、これ…伸びしろ見つけた」って。 自分では「いい感じ!」って思ってること、ありますよね。 でもそれがズレてるって分かった瞬間って、 実はめちゃくちゃチャンスだと思うんです。 だって、「どこを直せばもっと良くなるか」が 一気に見えるから。 今回の私で言えば、 キレキレダンスのつもり → 盆踊り。 もし誰にも言われなかったら、 ずっとそのままだったかもしれません。 そう思うと、あの一言…ありがたい。 毎日やってるアシュタンガヨガでも、 まったく同じことが起きます。 娘がたまに写真を撮ってくれるのですが、見ると「あれ?」ってなる(笑) もっとかっこよくポーズが決まってるつもりでやっているのに。 でも、ここで落ち込むんじゃなくて、 「ここ直したら、もっと良くなる」って思え

ai
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自分の人生に、納得して生きる。
はじめまして、aiです。 もし今、 「不幸ではないけれど、どこか満たされない」 「理想としていた人生を歩めている気がしない」 そんな感覚を抱えているのなら、ここはきっと無関係ではありません。 好きなことを、きちんと仕事にしていきたい。 誰かに委ねるのではなく、自分の足で経済的にも精神的にも立っていきたい。 そう願いながらも、多くの人が「安心という名の檻」の中にい続けています。 あるいは新しいノウハウや癒しを求めて彷徨い、 翌朝にはまた、変わらない日常。 私はこれまで21年間、 「好きなことを仕事にする」という生き方を続けながら、 約6,000人を超える方の人生相談に向き合ってきました。 その中で見えてきたことがあります。 多くの方が、それぞれに努力し、選択し、前に進んでいる。 けれど同時に、どこかで 「自分の人生を生ききれていない感覚」を抱えているということです。 外から見れば順調に見える。 日々もきちんと回っている。 それでも、心の奥に小さな違和感が残り続ける。 それは能力や行動量の問題ではありません。 人生には、家に設計図があるように、...

ai
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自信とは、自分との「小さな約束」の積立
「自分に自信が持てなくて動けません」 この言葉も、本当によく耳にします。 多くの人は、自信を「実績」や「人からの評価」で手に入れようとします。 目に見える成果が出れば、自信がつく。 誰かに認められれば、自信がつく。 そう思って、外側に答えを探し、ノウハウを足し、資格を増やそうとする。 でも、外から持ってきた自信は、状況が変わればすぐに揺らぎます。 他人の評価が変われば、一瞬で崩れてしまう。 私が21年の活動を通じて確信しているのは、本当の意味で自分を支えてくれるのは、自信(自分を信じる力)ではなく、 「自分との約束を守ってきたという事実」 です。 今日は11時にパソコンを開くと決める。 違和感を感じたとき、飲み込まずに自分の本音をノートに書く。 向かいたい未来のために、今日はこのワークをやる。 他人には見えない、自分と自分だけの小さな約束。 それを守り続けることで、「私は、私が決めたことを、ちゃんと形にできる人間だ」という土台が、心の奥底に静かに積み上がっていきます。 これが、HLA(Holistic Life Architecture)が目指す

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人生を動かすのは、大きな決断じゃない
記事No9: 前回は、「月10万でいい」が 実は一番あいまいになりやすい、という話をしました。 今日はそこから一歩進んで、 じゃあ実際に人生を動かしていくのはどんな決断なのか、という話をします。 結論から言うと、人生が動くときって、 ドラマみたいな大きな決断は、ほとんどありません。 仕事を辞めるとか、環境をガラッと変えるとか、何かを捨てるとか。 そういう「分かりやすい決断」は、実は結果であって、原因じゃないことの方が多い。 本当に効いているのは、もっと地味で、他人から見たら気づかれないような選択です。 たとえば。 今日は誰の予定を優先するか 違和感を飲み込むか、言葉にするか 「まあいいか」で流すか、立ち止まるか できない理由を探すか、形にするか こういう小さな判断の積み重ねが、あとから振り返ったときに、 「あ、ここから流れ変わったな」というポイントになっている。 私は、人生を変えようと思って大きな決断をした記憶は、実はあまりありません。 (自分でなにかを決めた結果として人生が大きく変わっていく感じ。) でも、「これは誤魔化さないでおこう」「これは

ai
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自分を削らずに続く働き方、という考え方
記事No7: 前回は、「好きなことが分からない」と感じるのは、感性や才能の問題ではなく、関わり方と順番の問題だ、というお話をしました。 今日はそこからもう一歩進めて、「自分を削らずに続く働き方」について少し正直な話をしたいと思います。 最初に言っておきたいのですが、自分を削らない働き方は、最初から分かるものではありません。 私自身、最初からバランスよく働けていたわけではないし、無理をしなかったわけでもありません。 むしろ、起業してからの数年間は、記憶をなくすほど働き、立ったまま1分程度の仮眠をとることでエネルギーを補填したりと、かなり無理をしてきました。 時間も、体力も、気力も使って、「ここまではいける」「これはやりすぎた」その境界線を、体で覚えてきた感覚です。 だから私は、最初から「削らない設計をしよう」とは、あまり思っていません。 一度も振り切ったことがない人が、どこまでなら続くかなんて、分かるはずがないから。 ただ、ここで大事なのは、ずっと削り続けることが正解ではないということ。 無理をして、限界を知って、「あ、これは長く続

ai
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「好きなことが分からない」と感じる本当の原因
記事NO6: 前回は、「がんばらなくても続く状態」はラクな状態ではなく、負荷を当たり前として扱える“設計”がある状態だ、というお話をしました。 今日はそこから、多くの人が一度はぶつかる「好きなことが分からない」という感覚について、少し整理してみたいと思います。 「好きなことが分からないんです」 この言葉を、私は21年の活動の中で、そして約6,000人の人生相談の中で何度も聞いてきました。 でも私は、この言葉を聞くたびに少しだけ、違う角度で見ています。 それは、好きなことが“ない”のではなく、 分からなくなる構造の中に長くいただけなのではないか、ということ。 多くの人は、好きなことを探すとき、こんな前提で考えます。 ワクワクするものを見つけなきゃ 情熱を感じる何かがあるはず 「これだ!」という確信が欲しい でも、ここに落とし穴があります。 「好き」という感覚は、整った状態で、 ある程度の負荷をかけながら関わる中で育つものだからです。 最初からはっきり分かるものではありません。 たとえば、筋トレ。 やる前から「これ、絶対好き」と分かる人はほとんどいま

ai
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「がんばらなくても、続く状態の正体」
記事NO5: 前回、「整える」とはハンドルを自分の手に取り戻すことだ、とお話ししました。 今日はその続きとして、多くの人が誤解しがちな 「がんばらなくても続く」という状態の本当の正体をお話ししますね。 「がんばらなくても続く」と聞くと、多くの人は 「ラクそう」 「無理をしなくていい」 そんなイメージを持ちます。 でも、好きなことを仕事にし、 長年現場に立ち続けてきた私の答えは少し違います。 それは—— 本当に続く人というのは、自分への「負荷のかけ方」が圧倒的に上手い人です。 筋トレと同じで、筋肉は負荷をかけることでしか育ちません。 仕事も、人生も、同じ。 昨日まで10mしか走れなかった人が、15m、20mと少しずつ距離を伸ばしていく。 「できることへの免疫」をつけていくプロセスは、正直に言って、多少の負荷を伴います。 ここで多くの人がやってしまう間違いがあります。 まだ免疫がついていない段階で、 「今日は進める日かな?」「今日は整える日かな?」と、 自分の“気分”に判断をさせてしまうこと。 少し厳しく聞こえるかもしれませんが、未熟な段階で感情を介

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整える、という考え方について
記事NO4: 前回は、ノウハウが効かなくなったと感じるのは、能力の問題ではなく、「設計を見直す段階に来ているだけ」というお話をしました。 今日は、その設計の中核になる「整える」という考え方について、 もう少し具体的にお話ししますね。 「整える」と聞くと、 休むこと? 立ち止まること? 前向きになること? そんなイメージが浮かぶ人もいると思います。 どれも間違いじゃないんだけど、私がここで言う「整える」は、もっと現実的で、実務的。 というか、「仕事を続ける技術に近い」感じかな。 まず、誤解が起きやすいところを先に整理しておきます。 私は、「整ってから動きましょう」とは思っていなくて、 整っていなくても、人は動けるし、決断もできるし、結果も出せます。 私自身もずっとそうやって、即行動で形にしてきたタイプです。 ただ、走り続けていると、ある時点で同じ走り方が効かなくなる瞬間が来ます。 選んでいるはずなのに、手応えが薄い 正解を探す時間が増える 方向修正したいのに、どこを直せばいいか分からない これが出てきたら、もう「行動量」や「やる気」だけでは 抜

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ノウハウを学んでも、人生が変わらなかった理由
記事NO3: 「好きなことを仕事にしたくて、チャレンジした」 「興味を持ったことは、やってきた」 「時間も使ったし、学びも積み重ねた」 なのに、現実だけがなぜか動かない。 この言葉、人生相談の中でとてもよく聞きます。 そして正直に言うと、この言葉が出てくる人は、 もう十分に“考える力”も“行動する力”も持っている人たち。 何もしてこなかった人には、そもそもこの違和感は生まれないですよね。 ここで、ひとつ整理しておきたいことがあります。 人生が変わらなかったのは、 ノウハウが足りなかったからでも、努力が足りなかったからでもないんです。 多くの場合、「ノウハウを使う段階」ではなく、 「設計を見直す段階」に来ているだけ。 これまで学んできたことが無駄だった、という話ではありません。むしろ逆。 さまざまなことにチャレンジしてきたからこそ、 「何かがズレている気がする」という、あなた自身の鋭い感覚が出てきたんです。 これは停滞ではなく、「フェーズの変化」です。 ノウハウというのは、それ単体で人生を動かすものではなく、 「どんな前提で使われるか」によって結果

ai
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違和感を抱えたまま、人はなぜ動けなくなるのか
記事NO2: 「変わりたいとは、思っているんです」 「好きな仕事で、人生も楽しみたい」 「でも、どうしていいかわからなくて」 人生相談の中で、私はこの言葉を何度も聞いてきました。 やる気がないわけじゃない。 考えていないわけでもない。 むしろ、ちゃんと考えている。 それなのに、変われない。 この状態が続くと、人は無意識に自分を責め始めます。 「私って意志が弱いのかな」 「本気じゃないのかも」 「また続かない気がする」 でもね、それは違います。 変わりたいのに変われないのは、怠けているからじゃない。 多くの場合、理由はもっとシンプルです。 それは、自分の人生を自分で決めてきた感覚が少ない、ということ。 学校、仕事、結婚、生活。 その時々でちゃんと考えてきた。 大きな失敗もしていない。 でも振り返ると、 「これ、私が本音で決めたな」そう言える選択は、意外と少なかったりする。 だから、いざ「人生を変えてみよう」「仕事を変えてみよう」と思ったとき、 決めること自体から少し距離を取ろうとする。 ノウハウを学べば動けるかも、と思って講座を受けたり、情報を集め

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人生を取り戻す、という選択
記事NO1: 「お金のために人生を変える」のではなく 「人生を取り戻したら、結果として収入が生まれる」 私は、この順番が好きです。 「好きなことを仕事にする」 そう聞くと、ちょっとキラキラした世界を想像しますよね。 でも私にとっては、それは成功とか自由よりも、 「どう生きたいかを選ぶこと」に近い感覚でした。 毎日がつらいわけじゃない。 生活もちゃんとできている。 仕事も、嫌いじゃない。 でも、すごく楽しいかと聞かれると、少し考えてしまう。 笑っていないわけじゃない。 不幸でもない。 ただ、心が躍っているかと言われると、そうでもない。 仕事も「無難に」こなす。 気づけば一年。また同じ一年。 そんなとき、ふと思うことはありませんか。 「このまま、私は何も選ばずに終わるのかな」 もし今、「特に不満はない」 「でも、満たされない」そんな感覚があるとしたら。 それは怠けているわけでも、贅沢なわけでもないんです。 不幸じゃない。でも、ワクワクもしていない。 実はこれ、とても多い感覚です。 少し立ち止まったとき、 「私、今何を楽しみに生きてるんだろう」 そんな

ai
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